中 橋


 五条橋と桜橋のあいだにひっそりとたたずむ中橋。あまり名前は知られていませんが、堀川がつくられたころにかけられた「堀川七橋」のひとつです。当時は五条橋と伝馬橋の中間にあることから「中橋」と名付けられました。
 今の橋は大正6年(1917)にかけられたもので、堀川では一番古い橋です。
 近くには屋根神様を祭った社(やしろ)や蔵(くら)のならぶ四間道(しけみち)があり、静かでおちついたふんいきに包まれています。


 また、橋の東南には伊勢湾台風(いせわんたいふう 昭和34年)のときに増水した堀川の水位を示す表示があります。水は道路の高さまできており、ふだんのおだやかな表情とはちがい、にごった水がはげしく流れる、あらあらしい堀川になったことがわかります。


中橋たもとの風景


江戸(えど)時代の中橋


 左の絵は、今から200年ぐらい前の中橋の東南の風景です。
 橋の上からいろいろな人が堀川をながめています。着かざった女性やさむらい、おぼうさんもいます。橋のたもとには石やとうろうがあります。
 絵には「近ごろ植木やとうろう、めずらしい石をあつかう店ができ、橋のたもとにそれらを置いているので、自然と山おくのようになり、春のころは町中ではめずらしい風景になる」という内容の言葉が書かれています。
 堀川の流れと川岸の石などで、岩がそそり立つ山おくを流れる清流を思いうかべたのでしょうか。今の中橋からは想像できない風景です。









中橋の屋根神様


 この付近は名古屋でも屋根神様(やねがみさま)がたくさん祭られている町です。中橋の西北にあるこの小さな社(やしろ)も、以前はどこかの屋根に祭られていたのがこの地に移されたものです。社に雨があたらないように屋根がもうけられ、たいせつにお祭りされているようすは、この町の人々が屋根神様によせる思いをあらわしているような気がします。

   (CD 堀川ミュージアムより)